結論から
👉 NIKEは、もともとオニツカタイガーの販売代理店だった
👉 その関係が発展し、のちに決裂してNIKEが独立し
① 出会い:NIKE創業者とオニツカタイガー
1960年代初頭、アメリカの大学院生だった
• フィル・ナイト(Phil Knight)
• ビル・バウワーマン(Bill Bowerman/陸上コーチ)
この2人が、日本製スポーツシューズの品質に注目します。
当時、アメリカ市場は
• アディダスなど欧州勢が高価
• 安くて高性能な靴が不足
そこで彼らが目をつけたのが、オニツカタイガーでし
② オニツカタイガーの米国代理店になる
1964年、フィル・ナイトは
**「ブルーリボン・スポーツ(BRS)」**という会社を設立し、
👉 オニツカタイガーのアメリカ西海岸の独占販売権を獲得します。
つまりこの時点で、
• アメリカで売られていたオニツカタイガーの多くは
👉NIKEの前身企業が販売していたのです。
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③ 共同開発の時代
両者の関係は単なる取引先を超え、
• アメリカのランナーの声をBRSが伝える
• オニツカが改良・製造する
という共同開発関係になります。
有名な例が
• オニツカ・コルテッツ(Cortez)
👉このモデルは、
後にNIKE CORTEZとして引き継がれる伝説的シューズです。
④ 関係悪化と決裂
1960年代後半になると、
• BRS(ナイト側)は自社ブランドを持ちたい
• オニツカ側は代理店依存を減らしたい
という利害の対立が表面化します。
契約条件・独占権・商標などを巡って関係は悪化し、
最終的に法廷闘争へ。
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⑤ NIKE誕生
1971年、フィル・ナイトは
• オニツカとの関係を断ち
• 自社ブランド NIKE を正式に立ち上げる
✔スウッシュロゴ
✔NIKEという名前
✔独自デザイン
すべてここから始まります。
一方、
• オニツカタイガーは日本を拠点に事業を継続
• のちにASICSへ発展
⑥まとめ(関係性の本質)
関係の始まり オニツカタイガーの米国代理店
NIKEの前身 ブルーリボン・スポーツ
重要モデル CORTEZ
結末 契約決裂→NIKE独立
NIKEはオニツカタイガーから学びそこから飛び出した存在
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